日本の赤米に関する最古の記録は、飛鳥京跡苑地遺構から出土した木簡にある赤米の納品の記述である。
カラオケと音痴
カラオケに行く機会は多いだろう。
飲み会や人の集まりなどにもはやカラオケは不可欠なものとなっている。カラオケが誕生してからまだ三十年程度、あっという間に日々の生活に溶け込み、人間関係の構築になくてはならないものとなった。
カラオケの市民権獲得とともに、人前で歌を歌う、という行為がごく当たり前のようになった。それによって歌が下手、つまり音痴であるということが非常に大きな問題になりはじめた。
カラオケが普及する以前には人前で歌う機会など滅多にあるものではなかった。だから歌が下手である、音痴であるかどうか気にする人はそれほどいなかったし、自分で自覚する機会もそれほどなかったといってよい。しかし、カラオケの登場によってそれは大きく変わった。歌のうまい下手などその人の評価に本来関係ないはずが、音痴である、ということで評価が下がる、という事態が生じるようになったのである。
音痴が大きな障害に
音痴を人に知られるというのはやはりいやなものである。たとえ親しい友人相手でも、酒の入った楽しむ空間でも、「音痴だね」と言われればショックだし、言われなくとも「こいつ音痴だな」などと思われているのではないか、と思い込んでしまう。うまい歌を目の前で聞いてしまうと劣等感を抱いてしまったりもする。もちろん、それらのほとんどは本人が神経質になりすぎているだけである。しかし、音痴であることを気にしすぎるあまり、合コンなど、親睦を深める場所で引っ込み思案になってしまうこともある。音痴が人間関係における大きな障害になるのだ。
カラオケとは楽しく騒ぎ、人間関係を深めるに適した空間である。しかし、音痴を気にする人にとってはなかなか厳しい空間でもある。